繋がる楽しさ、でもずっと学び

2014.6
17

北海道での『メルヘン」公演に向けての稽古始まっている。

去年やった作品だけど時間をおくとカラダや心の感覚は変わっているので

所々思い出しながら、また違いを感じながら動いている。

 

太極拳も相変わらず熱心に取り組んでいるのだけど、

カラダの感覚はクラシックバレエにとても良く似ていると感じる。

最終的なかたちは全く別物だけれど、その過程のカラダの中の動向がよく似ているのだ。

私にとってはどちらも動きに説得力がある、のです。ちゃんと出来ている場合ですけど。

どこをとっても、途中であっても美しい、あるべきところに身体がある、という感じ。

 

 

太極拳は気を身体に通すことをやっていくわけだけど、

踊りも実はそれを無意識に行っていると思う。そうしないと良い動きが出ない。敏感さと想像力というところはこういうところで確実に必要!!

稽古中に動きの注意をされるときがよくある。まさに今も右往左往です。。。太極拳やバレエと違って正しいかたちというのが厳密にない、というか振付家次第といったところが多々あるコンテンポラリーなので、常に『良いところ』に自分たちの動きを持っていくのはとても不安定で未知数で、探りながら構築していく、正解がない、、でもそれが面白さであります。

 

今日太極拳で手のひらと指について話があって、みんなで手のひらや指を動かしてそのなすべき役目や、胴体の繋がりなんかを

聞いていて、思い出した。

私、昨日も稽古で手、腕について注意をされたんだった。

太極拳は動きの目的がすべてはっきりしているので手の使い方もこれは合っているというとこに近づく感じが分かる。ダンスも共通するとこはあるけれども個人の感覚に委ねられていることが多い。

動きを人に伝えるときは様々なイメージや言葉を使っていく。身体に通すイメージが違っていればおのずと身体に出る動きは違ったものになる。その辺を探りながらやることは時に難しいし時間がかかる。でも

共通しているのは身体に意思があること、それを持続させることなんじゃないかと思った。ダンスの動きの質感みたいのはイメージの数だけいくらでもあるはず。できるかどうかは置いといて、、、。
なのでなおさら身体にどう指示するかを迷わずにしていかないといけない難しさがある。でもそのイメージを身体に通せる数が多いほどダンスとしては面白いし、

私はそうなりたいな、と思う。

 

毎回人に教わることが多くてはやくいろんなことを会得したいのに時間がかかる。はぁ。。

もしかしたらずっと学んで学び途中で死んでいくんだな。

でも周りに教えてくれる人々がいることはとてもありがたいと心から思う。たまに落ち込むけどやっぱり知ることは楽しい。

 

 

新宿御苑の杉の木。圧巻の出で立ち。

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