境界線
2014.6
9
月
先日祖母が亡くなった。
祖母との思い出は幼稚園か小学校の低学年の頃までで、大きくなってから接する機会が減ってしまった。
納棺式。久々に対面したおばあちゃん。生きてるようだった。
口にお茶を含ませたり、身体を拭いたりした。
肉体があるのに魂がここにないというこの時間、空間がものすごく衝撃的で悲しいのかつらいのかよくわからない感情で
涙が出そうになる。
通夜とかお葬式とはまた違う、納棺式は私にとってとても深い時間に感じた。
人が死ぬって、何なんだろう。どこいくんだろう。
人が生きる、死ぬ、ことで私達はそれに翻弄されてじたばたしていきていく。一生かけて対峙していく究極のテーマのような。。
唯一誰もが一緒であることは人は死ぬということ。向かう場所は一緒なんだけど、生き方はみんな違う。
死に向かってできる私の生き方をぼんやり考えながら東京に戻った。
それにしても98歳のおばあちゃん。大往生だ。お疲れさま!
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