久々やられた

2014.11
9

実は風邪でした。ただの風邪。でもあなどれない風邪。憎らしい風邪。

鼻水ってこんなに大量に出るんだ、どこから出るんだ?というほど。

右と左の耳の音の通り抜け方が違う。くぐもっていて身体が壊れていることを実感しながら生きている。

健康って大事〜と、病気になるたびに思うんだけど、どうしても身体の状態に耳をすますことをせず

過ごしてしまう。熱が出る頭で布団のなかでずっとぼうーと考えていたのは、

苦しいな〜という身体から出てくる悲鳴と、

 

どうやったら共有できるかということ。

 

私はずっと共有したいと思っている。

それは単なる寂しがりやなのか何か安心したいのかその心の動機は謎なんだけれども、

でも実力がなさ過ぎて様々な物事や人々と共有するのが、へたくそ。

前にも横にも後ろにもいけない自分がいて、それがよくわかる。

どこに進みたいか、どこに立ちたいか、、今は漠然とでもいいから持っているべきことなのかもしれない、

そこからようやく私の思う共有ができるのかな、と。共有って言葉なんか堅いんだけども。。それが一番近い気がするので。

 

糸井重里が、

唯一の、いちばんの「いい条件」とは、
「じぶん」の知恵とやる気なんですよね。
しかも、その知恵もやる気も持続できなきゃいけない。

と言っていて、抜粋してしまったんだけども、

 

結局知恵もやる気もちゃんと進む努力なしには出てこないし、それが出来てからようやく求める「いい条件」

に出会えるのだなーと思うと、

では私の一歩はどこに向かって出せば良いのかな〜と痛む身体をさすりながら考えるであります。

それが出来たときに共有できるのでしょうかね。(やっぱ共有って言葉堅いな。。)

 

 

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